セックスもする友達と、セックスしかしない恋人 

村木君は同じ大学の同じサークルで一学年後輩だった。と言っても彼は浪人していたから年は同じだ。仲良くなったのは私が先に卒業、就職してからのことだ。


村木君は厭世的で論理的で、軽い大学生ノリが嫌いで、人とは一線を置いていつも人を観察していた。女の子を好きになったことがないから実験的に好きになれそうな子を意識して好きだと言ってたら本当に好きになりすぎて辛くなった、などと報告して来たりしてちょっと変わった人だと思った。彼は漫画と油絵を描いていて私はそれが好きだったし、媚びない愛想笑いもしない気風が好ましく思えた。


当時「電子メール」や「eメール」と呼ぶのが普通だったメールで、頻繁に長文のやりとりをするようになった。村木君は議論が好きだった。私が全く興味がない政治や歴史に関心があるようだったけど、私は恋愛の話ばかりしていた。私が「振り向いてくれない人が好き」と言ったら「アイドルでも好きになれば」と返されて怒ったりした。(数年後、見事アイドルにハマりそれが原因で男に振られることになるとは思いもよらなかった)


ある時、何のきっかけかは忘れたが多分酔っ払った私が誘って、デートをすることになった。
私は男友達がたくさんいて気心の知れた彼らとふたりで遊んだり飲みに行くことはあったし、村木君とはお茶くらいはしたことがあったけど「デートしよう」と言ってデートをしたのは初めてだった。


2000年7月16日だった。(日にちを覚えていたわけではなく、皆既月食の日だったのを思い出して調べた)
池袋で待ち合わせて目に付いた映画館に入ってご飯を食べて、サンシャイン水族館に行った。つまり行き当たりばったりだった。友達というポジションの人と畏まってデートすることに少なからずドキドキしていた。恋人じゃないから甘えられないし、どうしたらいいかわからず村木君のリードするがままに任せていたら「自己主張して下さい」と言われた。
夜、静かに座れる場所を探して、欠けていく月を見た。恋愛感情じゃないけどまだ一緒にいたいと思った。でもただの友達だ。終電で遠い実家まで帰った。


2度目のデートはなく、しばらくはまたメールや電話でのやりとりだけになった。
私は会社で嫌な先輩がいる、と話した。その頃の私は会社で毎日怒られていた。入社して数ヶ月の新人だったから先輩のお叱りは全て愛の鞭と思って聞くしかなかったが中には理不尽だったり単なる意地悪に思えることもあった。私は落ち着く為に外出時にケーキを買ってその場で貪り食ったりしていた。
村木君は、ムカつく相手でも何故その人がそういう言動に至ったか動機や背景を考えるんだよ、それが正しくても間違っていてもそういう風にせずにはいられなかった事情があるはずだ。それを考えたら大抵のことは許せるようになる。どんな事情があっても絶対に許せないことなんて本当は少ないんだよと教えてくれた。この教えは10年経った今も大切にしている。(今では私は並大抵のことでは怒らなくなった)
村木君は病気が悪化して教育自習を途中で止めた。気分障害という病気で、リアルな幻覚が見えて気がおかしくなりそうだという。私は「村木君のせいじゃないよ」とつまらない慰めを言った。


それから半年程経ち、私が当時付き合っていた恋人O君(25歳・大学生)が突然音信不通になった。振られたのはわかったが、そんなそぶりもなかったし喧嘩もしてないのになぜ、いきなり。私は混乱した。
終わりなら終わりで諦める。気持ちが冷めたでも他に好きな人が出来たでもなんでもいいから、一言、別れるって聞かないと気持ちにケリがつかない。話がしたい。もう一生会えないなんて嫌だ。
そう言って共通の友人N君達の飲み会の最中に呼んでもらったが、捨てたばかりの女が来ることがわかるとO君は怒って店を出たそうで、私が店に辿り着くとしらーっとした空気が流れるばかりだった。


私は泣きながら皆に謝って、その日はN君の家に泊めてもらった。N君は私と共通の先輩とルームシェアをしていて、その人にも話を聞いてもらった。男にふられるくらい今までにも経験していたし口では「3日もすればケロっとしてるから大丈夫」といいつつ、明け方皆が寝静まっても私の心臓は早鐘を打ってるようだった。


正直に言うと、そこまでO君のことを好きになっていたわけじゃない。会って2回目で付き合い始め、付き合って3ヶ月だった。O君は自分のことをあまり話さなかったし自分から私の話も聞こうとはしなかったから、互いのことをまだよく知らなかった。デートをしたのは付き合おうと言われた最初の一回だけで、その後は飲みに行ってセックスをする程度の付き合いだった。
私はO君にとって最初から真剣なものじゃなく都合のいいセフレくらいのもので、ちょっと付き合ったからもう単に飽きただけなんだろう。突然連絡を絶っても、傷付けてもいいような、どうでもいい存在だったんだろう。
私も、好みの顔で甘いことを言うO君の表面的な魅力に惑わされていただけだ。それはわかっていた。本気の恋じゃない。いいかげんな付き合いだった。


でもとにかく心臓が痛い。息が苦しい。いくら悲しいからってこれはおかしい、このままじゃ死ぬ。
車に撥ねられてみようか、と思った。どこか怪我をして別の痛みが大きければこの痛みからは逃れられるかも知れない。でもそんなこと出来るわけもなく、朝を待ってN君の知ってる近所の病院に連れて行ってもらった。精神科でレキソタンという薬を処方された。精神安定剤だ。飲むと眠くなるので家に帰って横になってから飲みなさいと言われた。


診察が終ると、村木君から事情で家に帰れないのだけど家にいさせてくれないかと電話があった。私も誰か側にいて欲しかったし、来てもらうことにした。
薬を貰ったことで、これさえ飲めばもう楽になる、と少し落ち着いた。ベッドの横に布団を敷きながらことの顛末を話した。
薬でぼんやりしていた私はベッドの上で着替えをした。村木君は「そんなの見せられたら困る」と布団を被ったけど、私が「こっちに来る?」と言うと素直にベッドに入った。私達は手を繋いだ。そしてセックスした。
私は辛いことを忘れたかったし、彼は私を慰めようとしたんだろう。初めて触れる村木君は暖かかった。
「男にふられて弱ってる女につけ込んでセックスするなんて友情じゃない」と言われるかも知れないけど、誰に理解されなくても、こういう友情の形もある。


それから何度かセックスをした。ほどなくして私に新しい恋人が出来てからはもう村木君とはセックスはしなかったけど、家に泊まりに来たり以前と同じように友人関係を続けた。村木君は病気が悪くなって来たようでそれに比例して酒量が増すばかりだった。一度私の家で飲んでいて急性アルコール中毒になり病院に運ばれた。人付き合いがしんどいのか、段々疎遠になって行った。


その頃村木君は個人サイトをやっていて、たまに日記を書いていた。連絡が途絶えてしばらくしてサイトを見ると、どこか遠い地にいるようだった。恋人が出来た。彼女も精神病を患っている。結婚しようと思うと書かれていて、それっきり更新はなかった。結婚指輪のことをメビウスの輪に例えていたのが彼らしいと私は思った。


それから9年経って、大学時代の友人誰とも連絡を絶ってしまった彼がどこで何をしているのかわからない。
今日、夢の中だけど久しぶりに村木君に会った。ふたりで話をしたいのに何度も邪魔が入ってなかなかゆっくり話が出来ない。やっと静かな場所を探し出して、人ひとり分の間を空けて並んで座った。村木君は「薫子さん、僕は結婚して毎日が楽しい。生きるって素晴らしいよ」と笑っていた。晴れ晴れとした笑顔だった。
私は、村木君良かったねと思って泣きながら目を覚ました。彼が幸せでいてくれればいい。


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