ハプニングバーに行く

その店のドアは施錠されていた。
一見して異様な雰囲気に包まれていたのは両隣の店が開店前でしんとしていたからか。インターホンを押ししばらくすると、愛想のいい店員が出てきて私達の全身を眺め回しつつも中に入れてくれた。
靴を脱いで部屋に入ると、飾り棚などがあるものの全体的には雑然としたエントランスだった。脇に置いてあるハンガーラックにはコスプレ衣装らしきものが折重なっている。ひらひらしたサテンのあざやかな色がいかにも安物だが、むしろこの場には似つかわしいのかも知れない。
入会登録完了。
私と、私をここに連れてきた男Kと。


Kとまだ会うのは2回目だ。本名も仕事も住んでる場所も知らない。私が知っているのは年齢と電話番号とメールアドレスと、セックス。
ハプニングバーに行かないか、という誘いは唐突だった。それはあたかも友達に、今度の土曜に映画へ行こうとでもいうような軽い投げかけだった。暇な私は、だからふたつ返事で誘いにのった。
相手なんて誰でもいい。見られるのもかまわない。何も断らない。怯んでるところは見せない。誰かに対して強がっているのではない。自分自身に向けての確認作業だ。不可解かも知れない。意味なんてないのかも知れない。


間接照明だけの薄暗いラウンジ。何畳あるのかわからないが、思ったよりずっと狭かった。4人ほど座ればいっぱいのカウンターに、長いソファとテーブルが3セット。店の奥は赤いカーテンで仕切られるようになっているが誰もそこには座っていない。
30人もいたら満員であろう店内の席はそこそこ埋まっていた。女性用ワンピースを着て下半身露出している中年の男性と裸の腰にタオルのみ巻いた中年男性には、驚くというよりも滑稽だと思った。
秋葉原にいそうな暗い若い男性2人組。中高年の水商売っぽいカップル。男女比は5対1。年齢層は35〜50くらい。多分私が最年少だ。


ほとんどが常連のようで、たまに嬌声があがったり隣のテーブルの人にちょっかいを出す人もいるが、皆それぞれに談笑しつつ和やかに飲んでいる。淫靡な気配はない。しかし勿論というかどうなのか、希少な若い女性である私には、礼儀なのか暇つぶしなのか性的な質問がガンガン放たれる。
「Tバックを履くのか」
「どんな体位が好きか」
「複数プレイをしたことはあるか」
こういう場なので取り立てて不快ではない。しかしくだらない。もう飲まなきゃやってられん、と浴びるように焼酎を飲んでいたら日付けが変わる頃になってようやく酔いがまわってきた。
両側に座った知らない男達に手を握られて脚を触られる。抵抗はしないが、許可もしていない。
私の連れのKは、全然違うところで飲んでる。他に目ぼしい女もいないのに。私を助けろよ。まあいいけど。


始発が出る時間にKと一緒に店を出た。その頃には私はもう完全に酔っ払っていて、体に自信さえあればストリップショーを始めてもおかしくないくらいに出来上がっていた。
吐きたかったが私は逆立ちをしないとスッキリ全部出ないので仕方なく立位体前屈をしてから公園のトイレで「オラー!吐くぞー吐くぞー!」と男らしく声出して嘔吐してたら、個室に入ってた女の子が手を洗わずに逃げ出した。


結局、想像していたようなことは起こらなかった。
店の人と常連客によるとその場の雰囲気によって、たまたま何もないこともあるし大変なハプニングがあることもあるという。オタクっぽいにいちゃんは、自分からは行けないがそういうときに便乗するのだと言っていた。軟弱め。
個人的なハプニングならあった。トイレでパンツを下ろそうとしたら私のヒモパンのヒモが切れた。しょうがないからノーパンで帰った。