彷徨う人達

彼女と突然連絡が取れなくなったという中野君と飲みに行った。
彼がひとまわりも年下の彼女と付き合い始めたのは2ヶ月前。毎日交換していたメールの返事が3日も来ないのだという。焼き鳥を形だけつついてビールばかり飲んで、グラスの水滴でびしょびしょになったテーブルをこまめに拭く中野君。いつになく落ち着かない様子。
小娘に翻弄されちゃってるよ……と珍しいものを見たような気持ちになった。私は常に不謹慎。


「どうでもいい奴と思われてるかもう終わりかのどっちかだね。それでも好きなら焦って追い詰めるよりおおらかに構えるべき。ハタチの女なんて気紛れなんだから……」
話しながら私は昔付き合ってた男を思い出した。クリスマスから付き合い始めて、ホワイトデーの後に突然音信不通になった。別れたいならそう伝えてくれればいいのに、話も出来ず理由もわからず黙って離れられるのが一番辛い。早くハッキリ終止符を打ってくれないと前を向けない。少ない可能性に縋ってしまう。
いつから気持ちが冷めていた?そもそも、私のこと好きだった?行き場のない疑問と不安に眠れなかった日々がフラッシュバック。


終電間際、ひとりでいたくないならまだ一緒にいようかと聞くと「薫子は大事な友達だから。君も彼氏を大事にしなよ」との返事。気を紛らわせたいんじゃないのか。酒のせいにして責任を放棄してもいいのに。甘えてもいいのに。大丈夫なら、帰ろっか。背を向けたのに、やっぱり腕を掴まれた。


男女間に友情は存在するかなんて愚問だ。ある事象が不在であることを証明するのは難しい。幽霊。仮面。幻。存在するように見えて、存在しないものの例えの連想。私達の関係を言葉で表すなら何だろう?
何もしなくてもただ傍にいて話を聞いてあげる人になりたかった。彼に何かをしてあげたかった。でもそれは彼の為ではなく本当は、救われたかったかつての私の為に。


新宿の夜は明るい。無数の星の代わりにネオン。どこに行っても人ばかり。
息苦しくなった私達はホテルを出て、しばらく落ち着く場所を探して彷徨った。ようやく見つけた建物の植え込みの陰、「立ち入り禁止」の柵を乗り越えて私達は互いに触れた。夢中になっていて気がつかなかったけど、いつの間にか中野君の肩越しにぼんやり朝が来ていた。


中野君とセックスしたのは初めてじゃなかった。「嵌りそう」「好きになりそう」なんて言われたけど、リップサービスだと思って流した。人を好きになるってそういうことじゃない。気軽にそんなことを言ったらダメだ。本当はそんなに心が通い合ってない。傷の舐め合いだから、美化はしない。
私が舌で耳を塞ぐと女の子のような声を漏らした中野君。
愛しいと思う気持ちは自己愛とまやかし。