秘密

もう10年も昔の話。
友達のクミちゃんとその彼氏の英太君とは、よく3人で遊んでいた。クミちゃんはやさしくて繊細で女の子らしくて、私は彼女が大好きだった。


春だった。
英太君に渡してもらうものがあったけどクミちゃんは用事があったので、英太君とふたりで会うことになった。夕方。せっかくだからと飲み屋に入った。将来の夢の話なんかをしたと思う。深い部分を晒してしまった気まずさからか、2人ともひどく酔っ払った。店を出て酔い覚ましに外をブラブラ散歩していたら、方向がわからなくなってしまった。


なぜだったのかはわからない。
夜の向こうに連なるパイロンランプが辺りを赤く染めていて、空気が不思議に生暖かかった。シルエットになった英太君がふいに降りてきて、私達はキスをした。頭の片隅に光がざわめいた。
ようやく見つけた線路に沿ってしばらく歩くと、隣駅に辿り着いた。私は終電に間に合ったけど、遠方に住んでいる英太君には帰る術がなかった。少し考えて、同じ電車に乗った。
私はクミちゃんのことが大事で失いたくなかったし、ずっと片想いしてる人がいたから英太君との間には何も起こりようがないはず。2人がどこで何をしようが、それを知る人は誰もいない。黙っていればなかったことになる?しらばっくれるくのは得意だ。でも何より私は罪悪感に耐えられないだろう。
繋いだ手の熱が逡巡を掻き消した。


タブーとされている行為をやってのける理由は快楽だ。人が躓くもの。溺れるもの。抗えないもの。
その頃の私は好きな人としかセックスをしたことがなかった。奔放にセックスすることを望んではいたけど、それはだらしのないことのように思えたし、何よりそんな機会がなかった。
皆、私のことを純粋で真面目でおとなしい子だと思ってる。だけど私はそんな人間じゃない。
世間が眉を顰めるやり方で世間を欺きたかった。友達の彼氏とセックスして、何事もなかったかのように友達の顔を続けて、私はこんな酷いことが出来る人間だって、宣言したかった。自分自身に向けて。
愛情でも欲情でもクミちゃんへの優越感ですらなく、自己確認の作業として必要に思えた。確認したかった。私は最低。誰も知らなくても私は「友達の彼氏と平気で寝る女」


翌日からは罪の意識でいっぱいになった。自分のしたことの重さに後悔した。それでも後悔の中にある達成感を噛み締めた。胸が粟立った。
その後、英太君とはまた2人で会おうと思えば会えた。クミちゃんが帰省してる時に会おうか、なんて言われた。クミちゃんに頼まれた用事で堂々と2人きりになることもあったけど、キスすらしなかった。それまでと変わらずに私達は「友達の彼氏」と「彼女の友達」。


大学を卒業してしばらくして、ふたりとは疎遠になった。たまに、あの日をやり直せるならどうするだろうかと考える。私はいまだに誰とセックスをするかで自分を確認している。「知らない人とセックスをする私」に意味を見出してる。男は自分の方向付けをする為の道具。
英太君と何もしなかったとしても、私は人生のどこかの地点できっと一度は誰か友達の彼氏と寝たんだろう。あれは紛れもなく必然だった。